トレーサビリティの定義としてJIS Z 8103-2000『計測用語』では「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって、決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常、国家標準又は国際標準である。」とされています。
また、NMIJでは、「トレーサブル(traceable)の名詞がトレーサビリティ(traceability)で、計測器の信頼性がそれを校正する標準が国家標準まで辿れることが確保されていることによって証明されていることである。そして、認定された校正機関を利用することによって、途中の校正の連鎖を意識することなくトレーサビリティが確保される。」とされています。
上記の定義を根拠に、JCSS校正を受けるユーザーの多くは計測器の測定結果に対してトレーサビリティを期待していると考えられます。
では不確かさが記載された校正証明書の有る計測器によって測定された測定結果は、本当に国家標準にまで辿れるのでしょうか?
確かに、測定対象が温度であれば、不確かさの範囲で辿れるように思います。
しかしながら、はかり(電子天秤)については校正証明書に記載されている不確かさと偏差は比重が8.0g/㎤の分銅による校正結果です。
比重がおおよそ8.0g/㎤の金属の重量測定や分銅を校正する為の質量比較器(コンパレーター)として電子天秤を使用するのであれば、測定結果は国家標準まで辿れるのでしょうが、実際には使用者が測定する試料の密度が分銅とは異なる場合が多々あり、空気密度の影響を考慮した場合その測定結果全てが国家標準にまで辿れるとは言い難いように思います。
特に、上位の分銅によって校正された不確かさの小さな高分解能の電子天秤を使用して、試料の50万分の1以上まで重量測定を行う場合、試料の比重と測定環境によっては偏差が大きくなって校正証明書に記載された不確かさの範囲を超えることも十分考えられます。
この点についてはJISQ17025 4.7.1「良好な情報の伝達」の項からもNITE並びに、はかりのJCSS校正事業者が「はかりのJCSS校正についてはユーザーの試料の測定結果にまではトレーサビリティが及ばないことがあり、トレーサビリティはユーザーの自己責任であること。」を積極的に伝える必要が有ると共に、ユーザーにおいてもその検証が必要だと考えます。
当社はこれまで天秤の検査成績書の発行は行なっておりますが2012.3にJCSS登録・認定を受けて以来、JCSS校正についてはこれまで一切行なっておりません。
JCSS校正はISO9000の要求事項で無いだけでなく、その性質上合否の判定も校正時の感度調整も推奨されてはいません。
また、発行された「JCSSロゴマーク入り校正証明書」はユーザーが日常点検において良質な分銅を使い確認した電子天秤の感度(スパン)誤差を調整すると無効になります。しかしながら電子天秤の感度(スパン)は経時的な変化を生じ、その量は良好に管理された分銅の変化よりも大きいことが普通です。
分銅が基準であることを考えれば電子天秤は「計量器の正しい維持管理」の面からも移動時を含め、取扱説明書に従い感度調整(スパン調整、キャリブレーション)を良質な分銅を使って適宜行って頂く方が大切だと思います。
(分銅内蔵型電子天秤の内蔵分銅値の調整に関しては専門の事業者にご依頼戴くことをお勧めします。)また以下の点についても電子天秤のJCSS校正には問題があると考えています。
1. トレーサビリティがユーザーの測定結果にまで及ばない点。(JIS Z8103)上記についてはこれまで認定センターに何度も伺っておりますが明解な回答を得るには至らず、JISQ17025 7.8.1.2との整合性に合致しないのではないかとの疑問が残る中で、お客様に説明できないサービスの提供が出来かねる為です。
当社のJCSS登録・認定についての維持費用については以下の通りです。
名目 | 年月 | 金額 |
参照分銅校正(1㎎~20kg)(3年毎) | 2008.05 | 199,500 |
JCSS登録申請等手数料(NITE) | 2009.08 | 346,500 |
分銅技能試験(日本計量機器工業会) | 2009.10 | 124,950 |
はかり技能試験(日本計量機器工業会) | 2010.01 | 105,000 |
登録免許税(経産省) | 2011.04 | 90,000 |
参照分銅校正(1㎎~20kg)(3年毎) | 2011.05 | 206,693 |
温度/気圧計、湿度計(3年毎校正) | 2012.02 | 42,735 |
JCSS質量認定登録 | 2012.03 | |
JCSS定期検査手数料(認定後1年目)(NITE) | 2013.03 | 136,080 |
はかり技能試験(日本計量機器工業会) | 2014.02 | 183,750 |
JCSS定期検査手数料(認定後3年目)(NITE) | 2014.03 | 213,885 |
参照分銅校正(1㎎~20kg)(3年毎) | 2014.05 | 212,598 |
温度/気圧計、湿度計(3年毎校正) | 2015.01 | 43,956 |
JCSS登録更新審査手数料(4年毎)(NITE) | 2015.11 | 277,800 |
参照分銅校正(1㎎~20kg)(次回より5年) | 2017.05 | 212,598 |
JCSS定期検査手数料(2年毎の定期検査)(NITE) | 2017.10 | 219,996 |
はかり技能試験(日本計量機器工業会) | 2017.11 | 183,600 |
温度/気圧計、湿度計(3年毎) | 2018.02 | 43,956 |
合 計 | 2,843,596 | |
JCSS登録更新審査手数料(4年毎)(NITE) | 2019.11 | 343,680 |
JCSS定期検査手数料(2年目の定期検査)(NITE) | 2021.10 | 454,680 |
参照分銅校正(1㎎~20kg) | 2022.05 |
質量分野のはかりと分銅のJCSS校正事業者として2012.3.29より登録・認定されておりましたが、2020.3.28をもってこれを返上させて戴くことに致しました。
今回の定期審査、更新費用等の大幅な引き上げによる経済的な面も理由の一つではありますが、お客様の電子天秤に対しては検証や説明ができないロゴマークの為のJCSS校正を仕事としてできなかったことが大きな要因だと思います。
当社では、はかりの校正業務に使用する二次分銅をJCSS校正するためだけに、質量比較器(コンパレータ―)としてのはかり(電子天秤)に対してJCSS校正を行って参りました。
認定センター発行の【不確かさの見積りに関するガイド】の「登録に係る区分:質量」の計量器等の区分:分銅等(JCG203S11)及びはかり(JCG203S21)に記載されている通り、二次分銅の「不確かさ」が使用する「はかり(質量比較器)の不確かさ」に影響されることは当然ですが、はかり(質量比較器)の「不確かさ」がその校正に使用する分銅の不確かさに大きな影響を受ける点に問題が有ると思います。
そもそも二次分銅の不確かさを算出するための参照分銅(一次)の不確かさを含んだ質量比較器(コンパレータ)の不確かさを、比較作業ではない計量作業に用いるはかり(電子天秤)の不確かさとして援用していることが間違いであると思います。
重さの基準が分銅であることを考えれば分銅→はかり(質量比較器)→分銅と、分銅の比較作業においての不確かさの伝播は至極当然な事ですが、これを計量作業に援用してもはかりを介して分銅の不確かさが試料測定結果に及ぶ保証も必要性もありません。
「はかりの不確かさ」として認定センターが謳うのであれば、JCSS校正作業が単に使用した分銅のデータ取りではなく、全ての秤量範囲において校正に使用した常用参照標準の不確かさを含まない、はかり(電子天秤)のみの不確かさになることを願ってやみません。