電子天秤の校正検査をしておりますと、表示分解能が1/200万クラスの分析用天秤を超え、1/500万1/1000万クラスといったセミミクロ天秤に出会う機会も増えてきております。
電子天秤の良し悪しの判断材料として、天秤が示す分銅の値(数値)について再現性や偏置(四隅)誤差には問題有りませんが、直線性(正確さ)については疑問を感じるようになりました。
その原因が環境(空気密度)の変化に伴う浮力の影響であることは、凡そながら想像は付きました。
簡単に言うと、
※重さの基準は分銅ですが、その分銅は絶えず浮力の影響を受けているため、天秤に表示される分銅の値がどこまで信頼できるのかということです。
そこで、空気密度、見掛けの質量と真の質量、体積について調べ、それを基に見掛けの質量と天秤の表示値について考えることにしました。
※プランク定数の値6.62607015×10
-34ジュール・秒とは別です。
1. 「空気密度」について
分銅のJCSS校正証明書の注釈欄に記載されている「温度20℃、空気密度1.2kg/㎥の環境においてつり合う密度8000kg/㎥の標準分銅の質量」という点から、その基準を引用し空気密度について下の表に整理してみました。
余談にはなりますが、エクセル上で空気密度1.2kg/㎥の環境を温度20℃の条件で作り出すことの難しさを実感するとともに、温度23℃以上で湿度、気圧を変更して空気密度1.2kg/㎥の条件を満たすことが非常に困難であると気付かされました。
空気密度はPa={0.3484p-0.009024h×exp(0.061t)}/(273.16+t)で求めた。
最低、最高密度は温度18~24℃、湿度35~65%、気圧980~1020hPaの範囲での値
2.分銅の「見掛けの質量」と「真の質量」について
はかりの検査校正作業では使用する分銅が基準になり、このとき電子天秤に表示される分銅の値は「見掛けの質量」ということになります。
一方、分銅の不変固有の「真の質量」は「見掛けの質量」からその分銅に掛かる検査校正時の浮力を除いた値といえます。
分銅のJCSS校正証明書に記載されている「協定質量値は、温度20℃、空気密度1.2kg/㎥の環境においてつり合う密度8000kg/㎥の標準分銅の質量」を分銅の見掛けの質量の基準にすれば、真の質量と見掛けの質量の関係式は分銅の密度を8000mg/㎤、空気密度を1.2mg/㎤に、その時の見掛けの質量を100.00000gとすると次の3式が考えられます。
イ.見掛けの質量「100.00000g」=真の質量-見掛けの質量÷密度×空気密度
100g=真の質量−100÷8000×1.2 → 真の質量=100+100÷8000×1.2
ロ.見かけの質量「100.00000g」=真の質量-真の質量÷密度×空気密度
真の質量=100g+(真の質量÷密度)×空気密度 の式を変換し
真の質量=100g+(真の質量×空気密度)÷密度
真の質量×密度=100g×密度+真の質量×空気密度
真の質量×密度-真の質量×空気密度=100g×密度
真の質量×(密度-空気密度)=100g×密度
真の質量=(100g×密度)÷(密度-空気密度) → 100×8000/(8000-1.2)
ハ.見かけの質量「100.00000g」=分銅の密度×分銅の体積-空気密度×分銅の体積
100.00000=(8000−1.2)×分銅の体積 → 分銅の体積=100÷7998.8 ≒12.50187528
真の質量=8×12.50187528
上記3式について、イからは真の質量=100.015000g、又ロからは真の質量≒100.015002gが算出され、ハからは体積≒12.5018752㎤と密度より真の質量≒100.015002gを求めることができます。
*イとロ,ハの値の違いについて、「産業技術総合研究所」に確認させて戴いたところ、
【イ、ロ、ハのうち、最も厳密なのはロです(ハはロと等価だと思います)。
「分銅の体積」は、
「分銅の密度」と「分銅の真の質量」から計算するのが最も厳密です。】との回答を戴きました。
そこでロの式を使って「JIS B 7609 分銅 表6」に記載されている密度の許容範囲を基に、空気密度1.2 mg/㎤の環境における見掛けの質量「100.00000g」から各クラスの分銅を密度ごとに真の質量と体積を求め以下に整理しました。
3. 分銅の「体積」について
分銅の見掛けの質量は常にその体積に掛かる浮力(空気密度)の影響を受けています。
そこで、これまでに求めたクラスごとの分銅の最大、最小体積の関係を整理したものが次のものになります。
体積=真の質量÷密度={100g+(真の質量÷密度)×空気密度}÷密度で求めた。(ロ÷密度)
1. 浮力の変化と見掛けの質量
ここまで「空気密度」「真の質量」「体積」について調べたことで、温度環境が20℃で空気密度が1.2mg/㎤の時に見掛けの質量が100.00000gで密度が8.000g/㎤の分銅Aは、真の質量が100.015002g、掛かる浮力が15.002mgで体積が12.501875㎤であることが判りました。
次に、この分銅Aの見掛けの質量が、空気密度が表A-1のX及びYの環境ではどうなるのか調べてみました。
分銅に掛かる浮力=空気密度×分銅の体積で求めた。
2. 体積と空気密度の影響
次に、空気密度が1.2000mg/㎤の時に見掛けの質量が100.00000gだったOIML規格の各等級の最大体積(最小密度)及び最小体積(最大密度)の分銅に掛かる浮力がX並びにYの環境でどの程度の値になるか求め、その時の見掛けの質量を整理すると下記のようになります。
3. 見掛けの質量差について
これまでのことから、空気密度が1.2mg/㎤により近く、分銅の密度は基準値である8.000g/㎤よりも大きいほうが空気密度の変化の影響は受けにくいことが判ります。
但し、基準の分銅Aと比べてという意味合いからすれば、分銅の密度はより8.000g/㎤に近いものといった方が良いかもしれません。
何れにしても電子天秤の使用場所において、環境を温度20℃で空気密度1.2kg/㎥の環境に調整することは難しいと考えられます。
最後に、空気密度1.2mg/㎤の時の見掛けの質量100.000000gとの差について最大、最小体積時での値を整理しました。
電子天秤に対する評価について
ここまでの検証等で計量器の校正に用いる分銅の見掛けの質量(天秤が示す値)が空気密度の影響を受け、その値が如何に不安定なものであり、電子天秤で計った今日の100gと昨日の100gとでは差が生じている可能性が有ることがご理解いただけたかと思います。
認定センター公開文書の技術的要求事項適用指針(分銅等)文書番号JCT-20301-16のP117.2 環境4)に「OIML F1級相当程度より高精度な校正を実現する場合、空気浮力評価のための測定器が必要になる。不確かさに影響することを考慮し、標準値1.2kg/㎥から10%以上外れる場合には校正を中止する可能性もある。」と分銅の校正ついての但し書きは有りますが、はかりの校正環境については特段の規定は無いようです。
秤の校正検査は様々な種類やクラスの分銅を基準にして実施されます。作業内容は特定計量器を対象にした検定を含め、多少の違いは有れども「再現性(繰り返し)」「四隅(偏置)」「正確さ(直線性)」を基本に行われることが多いようです。
ただ、最初に申し上げた通り、重さの基準が分銅である限り、校正検査時には校正に使用する分銅や内蔵分銅で電子天秤の感度調整(キャリブレーション)を行う必要が有ります。
但し、正確さ(直線性)の結果については、環境変化による浮力の変化は避けようが無い為、電子天秤の校正検査後の環境変化には、その値が意味をなさない可能性があることについての認識も必要です。
電子天秤の能力が高過ぎるが故に、見えてはならないものが見えてしまうのかもしれませんが、計量器の能力と分銅の能力の釣り合いを保ちながら、日常点検や校正検査等を定期的に行い、其々の立場において適切な評価判断をした上で正しい使い方をすれば高分解能の電子天秤も信頼してご使用戴けるものと考えます。